「もしドラ(もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら)」の大ヒットにより、日本中でドラッカー・ブームが巻き起こったのももう懐かしい記憶となっています。
あの可愛らしいイラストと青春ストーリーのイメージ、そしてAKBが主役というところから、本書には「誰でもスラスラ読める、マネジメントの優しい入門書」というイメージが定着しています。
つまり、「女子高生でも読んで実践できるマネジメントの入門書」と一般のビジネス書ユーザーから思われています。
しかし、そのイメージを持ったまま書店で本書を手に取り、実際にページを開いて、数ページでそっと本を閉じた、、というビジネスパーソンは僕の周りでもかなりの数がいます。
もしあなたが本書を読んで「意外と難しいな」「言葉が頭の上を滑っていくな」と感じたのなら、それは大正解です。
あなたの読解力が不足しているわけでも、ビジネスセンスがないわけでもありません。
実はこの本、ビジネス書の中でも屈指の「難読書」であり、劇薬と言ってもいい本だからです。
つまり、これは入門書の皮を被った「劇薬」なのです。
まずは、なぜこの本がそれほどまでに難しく、多くの人を挫折させるのか。
その正体を解き明かした上で、本書の真髄である「要約」、そして「正しい歩き方」をご案内することを今回のコラムの流れとします。
◼︎なぜ『マネジメント』はあんなに難しいのか?
挫折する人が後を絶たない理由は、主に以下の3点に集約されます。
① 「エッセンシャル(抜粋版)」ゆえの異常な密度の高さ
本書は、もともと上下巻で1000ページ近くある大著『マネジメント――課題、責任、実践』の中から、ドラッカー自身が初心者向けに要点だけを抜き出し、一冊にまとめたものです。
一見すると「初心者向けに優しくした本」に思えますが、実は違います。
これは「薄めたカルピス」ではなく「カルピスの原液」なのです。(あぁ、気合なしには飲めたもんじゃないな、思っていただければ結構です)
通常、ビジネス書は読者の理解を助けるために、具体的な企業のエピソードや、著者の体験談といった「余談(クッション)」が挟まれています。
しかしエッセンシャル版では、それらが極限まで削ぎ落とされ、本質的な「結論」だけが連続して提示されます。
1文1文が重く、情報密度が異常に高いため、小説のように連続して読むと脳が激しく疲労を起こすのです。
そして、たまにある余談がさらに、1900年代半ばのアメリカ、イギリスをはじめとした諸外国のエピソードなので難しく感じてしまいます。
② 抽象度が高く「哲学書」に近いから
今のビジネス書市場に溢れているのは、「明日から使える1on1の会話術」や「目標管理の最新フレームワーク」といった、手っ取り早いノウハウです。
読者はそうした「答え」を求めて本書を開きます。
しかし、本書に具体的なテクニックは一切書かれていません。
代わりに突きつけられるのは、「企業とは何か」「働くとはどういうことか」「我々の事業は何か」「真摯さとは何か」という、極めて抽象的で哲学的な問いの連続です。
即効性のある鎮痛剤を求めているのに、生活習慣の根本改善を迫られるようなものであり、具体的な答えを求めて読むと完全に肩透かしを食らいます。
③ 「痛い経験」がないとピンとこないから
これが最大の理由かもしれません。
ドラッカーの言葉は、現場でマネジメントに苦労し、血を流した経験がないと、単なる「綺麗な理想論」や「当たり前のこと」に見えてしまいます。
例えば「人の弱みではなく、強みに焦点を合わせよ」というドラッカーの有名な言葉があります。経験の浅い人が読めば「そりゃそうだよね」で終わってしまいます。
しかし、部下の弱みをなんとか克服させようと躍起になり、結果として部下を潰してしまったり、チームが崩壊してしまったり、、そんな「思い通りに人が動かなくて絶望した経験」があるリーダーが読むと、この言葉は全く違った響きを持ちます。
過去の失敗体験という「痛み」というフィルターを通すことで初めて、ドラッカーの言葉は骨身に染みる真理へと変わるのです。
◼︎原液のカルピスたる『マネジメント』の超重要エッセンス
では、その難解な「原液のカルピス」の中には、一体どんな成分が含まれているのでしょうか。
本書でドラッカーが語っている膨大なテーマの中から、現代のビジネスパーソンが絶対に知っておくべき「5つの核心(要約)」を抽出します。
1. 企業の目的は「利益」ではない
「企業の目的とは何か?」と問われれば、多くのビジネスパーソンは「利益の最大化」や「株主への還元」と答えるでしょう。
しかしドラッカーは、これを明確に否定します。
利益は、企業が明日も事業を存続させるための「条件」であり、未来のリスクをカバーするための「費用」に過ぎません。
人間が生きるために呼吸(利益)が必要ですが、呼吸をすること自体が人生の目的ではないのと同じです。
ドラッカーは、企業が社会に存在する唯一の目的は「顧客の創造」であると断言します。
顧客が価値を認め、お金を払ってくれるからこそ企業は存在できる。すべての起点は「顧客」にあるという、冷徹なまでの顧客第一主義が貫かれています。
2. 成果を生むのは「マーケティング」と「イノベーション」だけ
企業が「顧客の創造」という目的を果たすため、企業にはたった2つの基本的な機能しか存在しません。
一つは「マーケティング」です。ドラッカーの言うマーケティングとは、単なる販売促進や宣伝ではありません。
「マーケティングの理想は、販売(売り込み)を不要にすることである」と述べています。顧客の現実、欲求、価値観を深く理解し、製品やサービスが顧客に自然と選ばれる状態を作ることです。
もう一つは「イノベーション」です。これは技術的な大発明に限った話ではありません。これまでになかった「新しい満足」や「新しい価値」を生み出し、社会に変化をもたらすことすべてがイノベーションです。
ドラッカーは厳しくこう言います。
「マーケティングとイノベーションだけが成果を生む。それ以外の企業活動はすべて『コスト』である」と。
3. マネジメントとは「人を管理すること」ではない
日本では長らく「マネジメント=管理」と翻訳され、部下を管理・監視し、数字を詰め、規則に従わせることがマネージャーの仕事だと誤解されてきました。
しかし、本書におけるマネジメントの定義は全く異なります。
マネジメントとは「人をして何かを成し遂げさせるもの」であり、「人の強みを生産的なものにし、弱みを無意味なものにするための機関」です。
人間は不完全であり、誰もが弱みを持っています。
組織という道具を使う最大の理由は、平凡な人間が集まり、それぞれの「強み」を組み合わせることで、一人では到底不可能な非凡な成果をあげるためです。
人を縛り付けるのではなく、人を活かし、自己実現に向かわせることこそがマネジメントの本来の役割なのです。
4. マネージャーに絶対的に求められる「真摯さ」
本書の中で最も有名であり、最も多くの読者の胸を刺すのが、リーダーの資質に関する記述です。
ドラッカーは、マネージャーの仕事(目標設定、組織化、動機づけ、評価、人材育成)のスキルは、後からいくらでも学ぶことができると言います。
しかし、一つだけ、後から学ぶことができない、最初から持っていなければならない絶対的な資質がある。
それが「真摯さ」です。
・人の強みではなく、弱みに焦点を合わせる者。
・何が正しいかよりも、誰が正しいかを気にする者。
・部下の有能さを脅威に感じる者。
・自らの仕事に高い基準を設定しない者。
これらに当てはまる人物を、ドラッカーは「真摯さがない」として、絶対にマネージャーに任命してはならないと警告します。
有能であっても真摯さのないリーダーは、組織の精神を破壊するからです。
小手先のスキルよりも「人間としてのあり方」を強烈に問うのがドラッカー流です。
5. 「知識労働者」をどうマネジメントするか
現代は、マニュアル通りに肉体を動かす労働者ではなく、自らの頭脳と知識を使って成果をあげる「知識労働者」の時代です。
知識労働者は、上司よりも自分の専門分野に詳しいことが多く、外部からの強制や細かな指示(マイクロマネジメント)では生産性が上がりません。
彼らが成果をあげるためには、組織の目標を自ら理解し、自律的に動く「自己管理による目標達成」が不可欠です。
マネージャーの役割は、彼らに細かく命令することではなく、彼らが成果を出せる環境を整え、彼らの貢献を組織の成果に結びつける「支援者」となることです。
3.挫折しないための「正しい歩き方」
ここまで読んでいただければ、本書がいかに濃密で、一筋縄ではいかない本であるかがお分かりいただけたかと思います。
だからこそ、本書は小説のように「1ページ目から最後まで順番に通読しようとしてはいけない本」の筆頭なのです。
真面目な人ほど、最初から読破しようとして挫折の罠にハマります。
では、どう読めばいいのか。
それは、パラパラと目次をめくり、今の自分が一番悩んでいる項目だけを拾い読みすることです。
・新しい事業を任されて不安な時は「我々の事業は何か」の章を開く。
・部下のモチベーション低下に悩んだら「動機づけ」や「自己管理」の章を開く。
・自分のリーダーとしての器に自信がなくなったら「マネージャーの資質」の章を開く。
いわば、「悩んだ時に引く辞書」や、自分の現在地を確かめるための「鏡」として使うこと。
一気に飲み干そうとせず、現場での「痛い経験」という水で少しずつ原液を割りながら、その時の自分に必要なエッセンスだけを摂取していく。
これが、カルピスの原液で胃もたれを起こさない、最も挫折しない『マネジメント』の正しい歩き方です。
一生付き合える「最強の伴走者」
手軽なノウハウ本は、読んだ翌日には役に立つかもしれませんが、半年後には時代遅れになっていることも珍しくありません。
しかし、ドラッカーが『マネジメント』で提示した原理原則は、時代が変わり、テクノロジーがどれほど進化しても、人間が集まって組織を作る以上、決して色褪せることはありません。
すぐに読み切る必要はありません。
本棚の一番手の届きやすい場所に置いておき、マネジメントの壁にぶつかり「自分のやり方」に限界を感じた時に、そっと開いてみてください。
読むたびに、その時の自分の成長度合い(あるいは傷の深さ)に合わせて、全く違う言葉が刺さるはずです。
あなたのビジネス人生にずっと寄り添い、時には厳しく、時には温かく導いてくれる。
そんな「最強の伴走者」との出会いを、ぜひ楽しんでみてください。
