~カフカが教える、自分の中の「凍りついた海」を砕くための読書論~
私たちが書店に足を運ぶとき、またはオーディオブックにて本を探すとき、またはポッドキャストやYoutubeでビジネス情報を得るとき、無意識のうちに求めているものは何でしょうか。
「明日から仕事がうまくいく方法」
「人間関係のストレスが消える考え方」
「ありのままの自分を肯定してくれる優しい言葉」
私たちは無意識のうちに、自分自身が求めているものを探し、ピックアップしてしまいます。
同時に、現代の書店の棚には、「売るため」の方法として、読者を傷つけないよう、丁寧に角を丸められた「心地よい本」が溢れています。
もちろん、傷ついた心を癒やすための「毛布」のような本は、人生の避難所として絶対に必要です。
しかし、もしあなたの本棚が、あなたを全肯定してくれる優しい本や、すでに知っている知識をなぞるだけの本で埋め尽くされているとしたら。
それはビジネスパーソンとして少し、危険な状態かもしれません。
チェコが生んだ20世紀最大の小説家の一人、フランツ・カフカ。
『変身』や『審判』など、不条理で不可解な世界を描き続けた彼は、20歳の時に友人に宛てた手紙の中で、「読書」という行為について、スパっと切れ味鋭く、そして美しい言葉を残しています。
「私たちが読むべき本とは、私たちをガツンと殴ったり、刺したりするような本であるべきだ」
「本とは、私たちの中にある『凍りついた海』を砕くための斧でなければならない」
今回は、このカフカの強烈なメッセージを手がかりに、「共感」や「癒し」ばかりを求める現代の読書が見落としている、もう一つの(そして最も重要な)本との向き合い方について考えてみたいと思います。
◼︎私たちの中にある「凍りついた海」の正体
カフカの言う「凍りついた海」とは、一体何でしょうか。
子どもの頃、私たちの心は波打つ海のように、常に動き、変化し、新しいものに対して敏感に反応していました。
しかし、大人になるにつれて、私たちは社会で傷つかないための「常識」や「偏見」「自分の正しさ」という名の氷を張るようになります。
「世の中はこういうものだ」
「自分はこういう人間だ」
「あの人たちは間違っている」
そうやって分厚い氷を張ることで、私たちは波風を立てず、感情を揺さぶられることなく、平穏な日常をやり過ごすことができるようになります。
しかし、その代償として、新しい価値観を受け入れられなくなるばかりか、他人の痛みに鈍感になり、精神の深い部分が「麻痺」していっているのではないでしょうか。
これが、カフカの言う「凍りついた海」と私は解釈しています。
私たちが普段、ネットニュースやSNS、あるいは「自分と同意見の本」を読んでいるとき、その氷は砕けるどころか、むしろ「やっぱり自分の考えは正しかった」と、氷をさらに分厚く、強固にしています。
ぬくぬくと毛布にくるまりながら、自分の信じたい情報だけを消費する。
それは「読書」というより、ただの「自己確認作業」にすぎません。(もちろん、そういう作業が必要なときはあります。)
◼︎あなたを「殴る本」「刺す本」とは何か
では、カフカが読めと命じた「斧」のような本とは、具体的にどのような本なのでしょうか。
それは、あなたが信じて疑わなかった常識を、根本から覆す本です。
あなたが目を背けてきた醜い現実や、人間の残酷さを容赦なく突きつけてくる本です。
あるいは、まったく理解できないほど難解で、あなたの脳に冷や汗をかかせるような本です。
・読んでいる途中で、「こんな考え方は許せない!」と本を壁に投げつけたくなるような思想書。
・主人公の救いのない結末に、数日間眠れなくなるような悲劇の小説。
・自分のこれまでの生き方が、いかに浅はかで偽善的だったかを思い知らされ、恥ずかしくて顔から火が出るような古典。
これらが、あなたを「殴り、刺す本」です。
これらの本を読むことは、決して楽しい体験ではありません。むしろ、苦痛を伴います。
しかし、カフカはこう言います。
「もし私たちが読んでいる本が、頭をガツンと殴って私たちを叩き起こしてくれないのなら、一体何のために私たちは本を読むのか?」
自分がすでに知っていることを確認するためだけに本を読むなら、読む必要などありません。
読書とは本来、自分の内側に「異物」を取り込み、既存の自分を一度「破壊」するための、極めて危険でスリリングな行為なのです。
◼︎氷が砕け、海が再び動き出す瞬間
想像してみてください。
あなたの分厚く凍りついた常識の海に、一冊の「劇薬のような本」が、重たい斧として振り下ろされます。
ピキッ、と亀裂が入ります。
「私が正しいと信じていたこの世界は、見方を変えればこんなにも残酷だったのか」
さらに斧が振り下ろされます。
「私が嫌悪していたあの人の行動の裏には、こんな悲劇的な背景があったのか」
ガシャァン! と、ついに氷が砕け散ります。
その瞬間、あなたの中で長年止まっていた感情の波が、再び大きくうねり始めます。
氷が砕けた海は、冷たくて、波が高くて、最初はとても恐ろしいかもしれません。自分の拠り所(正しさ)がなくなったような喪失感を覚えるでしょう。
しかし、氷の下で窒息しかけていたあなたの精神は、ようやく新鮮な空気を吸い、自由に呼吸を始めることができます。
自分の無知を恥じ、他人の痛みを想像し、世界の複雑さをそのまま受け入れることができるようになる。
これこそが、カフカが読書に求めた「覚醒」であり「魂の救済」です。
自分を破壊してくれる本に出会うことは、人生における最大の幸運なのです。
◼︎時には、劇薬を処方しよう
もちろん、毎日カフカの言うような「斧」を振り下ろしていては、私たちの精神が持ちません。
仕事で疲れ果てた夜には、心温まるエッセイや、スカッとするエンターテインメント小説、あるいはすぐ役に立つビジネス書という「毛布」にくるまって眠る権利が、私たちにはあります。
しかし、もしあなたの本棚を見渡して、
「ここにある本はすべて、私を肯定し、慰めてくれる本ばかりだ」
と気づいたなら。
「最近、本を読んでいても、心が震えるほどのショックを受けていないな」
と感じたなら。
それは、あなたの中の海が、少しずつ凍り始めているサインかもしれません。
そんな時は、月に一冊、いや、数か月に一冊でも構いません。
あえて「自分にとって不快かもしれない本」「難しそうで避けてきた古典」「絶対に自分とは意見が合わない著者の本」を手に取ってみてください。
それは、あなたの知性を鈍化させないための、苦いけれどよく効く「劇薬」になります。
◼︎痛みの先にある、新しい景色
私たちは皆、それぞれの「正しさ」という小さな氷の破片の上で、震えながら生きています。
他人の氷とぶつかり合い、傷つけ合い、それでも自分の氷にしがみついています。
本は、そんな私たちに「お前の立っている氷は、海全体から見ればこんなにもちっぽけなんだぞ」と教えてくれます。
斧によって氷を砕かれた人は、他人の氷を溶かすだけの「優しさ」と「想像力」を持つことができます。
「本とは、私たちの中にある凍りついた海を砕くための斧でなければならない」
次に書店へ行くときは、あなたを気持ちよくさせてくれる本ではなく、あなたを打ちのめし、叩き起こしてくれるような「手強い一冊」を探してみてください。
読み終えた後、あなたの世界は以前より少し複雑で、少し残酷で、しかし見違えるほど美しく、豊かな海に変わっているはずです。
■ 百冊堂からのメッセージ
「今の自分を打ち破るような本が読みたいけれど、どれを選べばいいかわからない」
そんな時は、時代を超えて読み継がれてきた「古典」や、海外の「純文学」の棚に足を踏み入れてみてください。
そこには、数百年もの間、世界中の人々の凍りついた海を砕き続けてきた、美しくも鋭い「名斧」たちが、あなたが手に取るのを静かに待っています。
百冊堂は、あなたのその勇気ある一振りを、全力で応援します。
