「デキる人」は、本当に「偉い人」なのか?

あなたの職場にもいませんか。

圧倒的な営業成績を叩き出すエース。どんな難題もスマートに解決するトップエンジニア。

私たちは彼らを「仕事ができる人」と呼びます。

そして、いつの間にか無意識のうちに、彼らを「偉い人」であるかのように錯覚してしまうことがあります。

さらに根深いのは、成果を出した本人自身が、自分を「他者より優れた、偉い人間だ」と思い込んでしまうことです。

しかし、本当にそうでしょうか?

eスポーツの現場で聞いたある話

私は普段、会社を経営していますが、eスポーツの専門学校で学生たちにビジネスを教える機会をいただいています。

そこで最近、非常に考えさせられる話を聞きました。

それは、ゲーム内の「ランク」(順位付け)によって、学生同士が互いの「人格」や「人間性」まで否定しあう、という問題です。

「あいつはランクが低いからダメな人間だ」と。

私たちが子供の頃にも「スポーツができるやつ」がクラスのカースト上位にいる、といった構造は確かにありました。
その中で、「運動神経が悪いやつ」が否定されるということもありました。

私が学生たちに伝えた、2つの事実

私は学生たちに、きっぱりとこう伝えました。

まず、 「ゲームのランクが高いことは、その人間が膨大な努力をした結果であり、その努力は最大限リスペクト(尊敬)に値する」 ということ。

しかし、それと同時に、 「そのランクは、君たちの人間性の優劣には一切つながらない」 ということ。

高いランクは、そのゲームのルール内において「卓越したスキル」と「努力の証」ではあっても、その人の「人間としての価値」を証明するものでは、断じてないからです。

学生時代からある、この「ランクによる人格否定」は、子どもたちだけの“特権”なのかと思いながら、実はこれは大人の世界から来ているものではないかと考えさせられました。

そして、私はこう続けました。 「今、このeスポーツの世界で起きていることは、そのまま社会(会社)の縮図だ」と。

会社という「物差し」がもたらす歪み

私たちは皆、会社という組織の中で、ある特定の「物差し」のもとで働いています。

それは「売上」や「KPIの達成率」、「技術力」といった、多くの場合、数字で測ることのできる「成果」です。

会社というシステムを維持・発展させるために、この物差しは機能として必要不可欠です。

問題は、残念なことに、この「機能的な物差し」が、いつの間にか、その人の「人間的な価値」を測る絶対的な物差しであるかのように、すり替わってしまうことです。

「彼はトップセールスだから、人間的にも素晴らしい」

「彼女は今期の目標を達成できなかったから、人としてだめだ」

こうした歪んだ評価が、職場の人間関係の根底に、静かに横たわっていないでしょうか。

私たちが分離すべき、成果と人格

この危険な混同を避けるために、私たちは2つの事実を明確に分離して認識する必要があります。

第一に、「成果」と「努力」には、最大限のリスペクト(尊敬)を払うべきだということ。

特定の分野で卓越した成果を出すことは、その人がそのルールの中で、膨大な努力と試行錯誤を重ね、スキルを磨き上げた紛れもない証です。そのプロセスと結果は、リスペクトに値します。

第二に、その「成果」は、その人の「人間性の優劣」とは一切関係がないということ。

営業成績がトップであることは、その人が「優れた営業パーソン」であることを証明しますが、その人が「人として偉い」ことや「人格者である」ことを証明するものでは、断じてありません。

もちろん、人格者が成果を出しやすいということは否定できませんが、成果を出したから人格が優れているとはイコールにはならないと私は考えます。

「できる」は「偉い」ではない

この混同は、非常に多くの不幸を生み出します。

成果という「一点」で優れている人が、その物差しを万能のものだと勘違いし、他の人を見下し、人格を否定する。

あるいは、その物差しで測られるのが苦手な人が、自分自身を「ダメな人間だ」と卑下し、心をすり減らしてしまう。

どちらも、社会の、そして人生の大きな損失です。

人にはそれぞれ活躍する場所があり、輝ける舞台が違います。

営業という物差しでは測れない「人を育てる能力」。

数字には表れない「チームの雰囲気を和ませる力」。

あるいは、会社という場所では発揮されない「豊かな芸術的才能」や「深い優しさ」。

これらはすべて、異なる物差しで測られるべき、その人固有の価値です。

私たちが本当に持つべき健全な視点とは、これではないでしょうか。

『できる人』の成果と努力には、心からのリスペクト(尊敬)を払う。

しかし、その物差しを万能のものとせず、『できない人』を、あるいは自分自身を、決して見下したり、卑下したりしないこと。

「特定の物差し」での優劣が、その人の「人間としての優劣」では決してない。

この当たり前のことを、私たちはつい忘れてしまいます。

このコラムが、皆さんの職場の人間関係をフラットに、そして健全に見直す「道案内」となれば幸いです。

もし、お読みの中に「どうしても成果を上げると人を見下してしまう」「自分は仕事で成果が出やすいタイプで成果が出ない人を否定していまうことがある」「成果を出せないからどうしても弱気になってしまう」など、今の現状から脱却したい、とお考えであれば、私たちがぴったりの本を提案いたします。お気軽にお声掛けください。